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ハレ、トコロニヨリ、ヤリ
 さいあくさいあくさいあくったらさいあく!
 ったくどーしてこんな早起きできた日に限ってこんなに不幸な目に遭うのよう!!
 せっかくかなり早めに家をでれたのに意味無いじゃない!
 だいたいケータイは持ってること確認して家出たのに、財布が鞄に入ってないってどういう事!? しかもチケットなんて取りかえが効かないものも忘れたのに気づいたから、もう一回家に帰る羽目になっちゃったし!!
 あーあーもう、さーいーあーくー!
 寝坊せずにすんだ分、別のところで倍ぐらい不幸だ、あたし。こうなったら槍が降ったって驚かないよ、もう!

 電車が駅についてドアが開くやいなやあたしは走り出し、パスネットに対しては微妙に反応の遅い自動改札機を抜けて待ち合わせ場所に急いだ。さっきから彼のケータイに連絡を入れても応答がないのが妙に不安感をそそる。あたしがケータイを忘れるのはよくあることだけれど、彼が忘れるとも思えない。鞄に入れっぱなしで気づかないのか、あるいは電池でも切れたのかな。
 あたしも彼も人の多いところでの待ち合わせはあんまり好きじゃないから、こうして一緒に出かけるときは現地集合であることが多いのだけど、今日は違う。目的地が駅からかなり遠めだったから、その前にご飯を食べるための待ち合わせ場所だ。方向感覚に自信のないあたしは、連絡が取れないっていうのは結構なピンチである。ただ、いつもならケータイそのものを忘れてきてしまっていることも多いから、今日の状況はましなほうだ。
 目当ての出口にたどり着くまでにまた少し迷ったけど後はわかりやすかった。アーケード内に燦然と自己主張する黄色と赤のマークが目にまぶしい。彼からの連絡は相変わらずなかったけれど、あたしは迷うことなく人の並ぶレジを横目に通り過ぎて二階に上がる。
 案の定、彼はカウンター席で空っぽのトレイを前に座ってた。
「湊! おくれてごめんなさい!」
「おはよ。早かったな」
「はやく、は、ない、よ」
 座り込むことはさすがにしなかったけど、膝に手をついてしばらく息を整えてから、自分のペットボトルを取り出して一気に飲んだ。外側にびっしりとついた水滴の代わりに少しぬるくなっていたけれど、ないよりはずっといい。電車が来るまでのわずかな間に買えてよかった。
「俺が駅に着いたときには、ななせが使ってる線も遅延していたから、もっとかかるかと思ってたんだけど」
「車両点検は、そんなに、時間、かからないから……」
 もう一度、ペットボトルの中身を口に含んで大きく息をつくとどうにか落ち着いてきた。
「……お待たせしました」
「いえいえ。今日はチケットも無駄になってないし、時間はまだあるし」
 ごめんなさい、そのチケットを忘れて一回家に帰りました。予約制だし再発行とかその場で買ったりとかできないから、とさんざん念を押されたのが実を結びましたよ、おにーさん。うっかり財布もケータイも忘れかけていたというのは秘密の方向で。なんていうんだっけ、これ。一挙両得?
 ──いや、得はしてない、得は。
「とりあえずなんか食べる? 朝は食った?」
「朝は食べてきた。確かに小腹は空いたけど、時間ぎりぎりになっちゃわない?」
 確認しようとして腕時計を忘れてきたのに気づいたので、店内を見回して時計を探す。十一時半。チケットは十二時だから、今から移動して丁度ってとこだと思う。
「いちおう十二時半まで入場できるけど」
「あたし食べるの遅いもん」
 と、あたしは無意味に胸を張ってみた。
 自慢じゃないけど、三十分で買ってきて食べ終わって後かたづけまでできません。断言できます。
 無理。
「……じゃあいくか」
 かたりと空のトレイを手にして彼は立ち上がった。
「中にたしかカフェがあったよ。お腹空いたら行こ?」
「はいはい」

 待ち合わせていたファーストフード店は、目的地と逆方面だったみたいで、地図を片手にした彼の先導でもう一度駅を通り抜けて反対側に出る。どこかごちゃっとした雰囲気のある道を抜けて進んでいくと、あたしたちは気づけば閑静な通りを歩いてた。一定の間隔で街路樹が植えられているばかりか、大きな公園沿いに道が走っているらしく夏も盛りの今、濃い緑が十全に茂っている。
「こっちは静かだね」
「すぐそこが自然公園だからかな」
 公園内は結構な数の家族連れで賑ってた。確かに今日は絶好のピクニック日和だ。道の向かいにある自然園の入り口にも結構たくさん人がいる。そして川を渡り、テニスコートの脇を通り抜けたところに今日の目的地はあった。
「あ、あれだあれ!」
 通用門っぽい入り口を抜けたらそこはすでに別世界だった。
「すごーい、おっきー、うわっ、地面柔らかっ」
「ななせ、落ち着け」
「本物の受付はあちら、だって。行こー」

「ねー、湊ー」
 と、ふっと傍らにいるはずの人を振り返ったのに、そこには誰もいなかった。ホラー。
 いや、ホラーじゃないホラーじゃない。こういうのはミステリーの領域だ!
 ――いやだからそれどころじゃない。
 たしか、二階の展示室までは一緒だった。展示の本棚をにらんで動かなくなった彼をちょっぴり置いて先に進んだことは覚えてる。でもその先の展示で立ち止まったのはあたしで──その辺から記憶が怪しい。
 うーん。
 とりあえず、こんなときは電話だ。今日のあたしはケータイを持ってる。いつもはあたしの部屋のベッドの上でむなしく着信音を響かせてるだけだけど、本来は双方向のものだからね! 本領発揮というものです。

 が。しかし、あたしを待ち構えていたのは意外な落とし穴だった。──何コールしてもつながらないのだ。
 なんで──?
 あたしもよく電話には出そびれるけど……(出ない、んじゃなくて、出そびれる、っていうのがポイント)。今は、時間から判断するとはぐれてから結構経ってしまってるから、どんなに彼が展示に見入っていてもあたしがいないことには気づいてるだろう。今までも何度かはぐれたことがあるけど、だいたいあたしよりも彼の方が状況を把握するのが早い。いつもなら、あたしがこれだけうろうろしている間に彼から連絡が来てる。
 ここの展示室はどうだかわからないけど、この廊下はしっかりアンテナが立ってるし、もし廊下がだめでも、このあたりなら外に出れば普通にアンテナは立ってるはず。一応都心だし。
 きゅうっと眉がよるのがわかる。ケータイをなんとなくぶんぶんと振ってみたけど、もともと電波が入っているのでなんら変わりはなくどうしようもない。
 連絡が取れないケータイなんて携帯してる意味がないじゃないかー! 基本的にいつも三コール以内で出てくれるのにー!
 湊の馬鹿ー!
 ……おいて行かれたってことはないだろうけど……たぶん……きっと……。怒るよりも呆れて先にいっちゃった……とか……? だから出てくれないのかな?
 こ、心当たりが多いなんてそんなことは……!! ち、遅刻だけ遅刻だけ!!
 展示とかに夢中になってあたしが彼を置いていくより、彼が立ち止まってあたしが置いてく方が遙かに多いんだし! もしかしたらまだ展示室のどこかで立ち止まっていて、震えるケータイに気づいてないだけかもしれないんだし! だいたい美術館ではケータイって電源を切っておくものだし! ――その割に不通の自動案内に切り替わらないけど……!!

 うっかり怖い考えにはまる前に、あたしは思考回路をリセットしようととりあえずテラスに出てみることにした。天気がいいこともあって結構たくさんの人が屋外にいた。よく見るとテラスは隣のカフェまでつながっている。ベンチやパラソル付きのテーブルもたくさん置かれていて、主に小さな子供を連れている家族が思い思いに座ってる。飲み物を手にしていたり、ホットドックを手にしていたりくつろいでた。
 ――あ、カフェ。
 側で人が食べているホットドックはとてもおいしそうだ。
 あ、ソフトクリームも発見。今日はよく晴れてるし気温も高いもんね。

 ……そういう光景ばっかみていたらお腹がなった。なりました。ごまかしようもなく。幸い誰にも聞かれなかったみたいだけど……!
 たしかにさっき、食べれなかった(自分のせいだけど)分、あいていた小腹は大腹といいたいぐらいに空っぽなのがよく判る。
 ま、迷子は一カ所にいるのがいいんだって誰かが言ってたし、それがホットドック食べながらだってきっといいはずだ!
 あたしがお昼食べてないのは彼も知ってるはずだし!
 うん。
 そんで彼が来たらどうして電話出てくれなかったのか問いつめるんだ!!

 と、意気揚々とホットドックスタンド(カフェじゃなかった)に近づいたら、ホットドッグと白いコップを二個ずつトレイに乗せた彼と目があった。
「湊!? な、なにして……!」
「あ、ななせ。ちょうど良かった。そろそろお腹空いてるだろうと思ってたんだよ。飲み物麦茶でいいだろ?」
 えっと……。
 あまりにも何事もなかったかのような彼の態度にあたしの思考はいったん真っ白に漂白され……お腹の方が先にいい匂いにノックアウトされたのだった。

 その後、ホットドックだけじゃなんか物足りなかったので、ジェラートも食べ、残りの展示も見て回って(密度が濃かったのは二階だけだったみたい。あとは結構遊び要素が強くて二人でハンドル回しまくったりした)、隅々まで満喫した。
 そして、正直なところあまりにもひょっこりと彼に会えたんでうっかり忘れてたんだけど、後日思い出したときにこの日の出来事を問いつめてみた。

「――ってことあったの覚えてる?」
「覚えてる」
 おお、あっさりと。
「今更だけどさ、あのときって――」
「うん、携帯を家に忘れてきてた」
 い、今あかされる衝撃の事実――! そこそこ長いつきあいだけど彼が物を忘れたとこなんて初めて遭遇したよ! そーだよね! あたしと比べ物にならないほどしっかりさんな湊だって忘れ物はするよね! 確かにあたしは多すぎるんだけど……湊だって忘れ物をするならこれからあたしの「ついうっかり」をもう少し判ってもらえるかもしれない!
「あれは反省した。とても反省した。ほんと反省した。おかげであれから出かけるときに財布と携帯を忘れたことは一度もない」
 ――ぬか喜びという言葉を、これほど実感したのは初めてでした。あたしの反省って……どんだけ身になってないんだ……。
「そもそもあの日は寝坊して、チケット忘れかけていったん家に戻り、バスに乗ろうとしたら財布がなくまたも帰って、やっと駅に着いたと思ったら電車が遅延してて、ようやく携帯忘れたことに気づいてな。そういえば言ってなかったっけ。ごめん」
 悪い事って重なるよなーと彼はしみじみと言う。基本的には賛成する。諸手をあげてもいい。
 だけど。
 だけど……どうしてそれでこの人は待ち合わせに間に合えるのでしょうか……日頃の行いとかそういうの?

 っていうか、あの日、やっぱり槍が降ってもおかしくなかったんじゃ……、と実は今日も遅刻したあたしはただ小さく身を縮めたのだった。


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