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カショクノテン
 え、やるのって聞き返したら呆れられた。

 えーと、あたしにはだいぶ長い間おつきあいしている人がいる。あ、でも先日プロポーズとゆーのをうけたので婚約中な人がいるっていうのが正しいのかな。
 そんで今日はなんとなーくそんなにご近所でもない彼の家に遊びにきたんだけど、部屋にあがってふと目に入ったパンフレットの山にあたしは驚いたのだった。ちなみに彼の家は一人暮らしとは思えない程きちんと整頓されているので、ちゃぶ台になにか物が放り出してあるというのは結構珍しい。立ったまんまぼんやりと華やかな表紙を見ていたら、台所に立った彼に飲み物を聞かれたので振り返りもせずにコーヒーを注文してあたしは座り、とりあえず狭いちゃぶ台に積んであったパンフレットの山を崩した。その山の正体は……正式名称は何て言うんだっけか……えーと結婚式関係のさ……ま、まあそんなにまつわるいろんなもののパンフレットとか雑誌、だった。しかもおおむね女性むけのドレスがどーとか小物がこーとかそんなかんじの。これ、彼がぜんぶ一人で集めたんだろうか。
 マメな人ではある。整理整頓とその維持は得意だし、人の意見交換の交通整理も上手いし、彼女が来たからと飲物をいれるために立つのはともかく、彼がうちに来ても飲物いれてくれるし。っていうかそれはマメを通り越して凄いのだと以前友人に力説された。でもあたしが動く前に彼が台所に立ってくれるんだもん。それに明らかに彼が入れた方がおいしいんだもん。飲み物にこだわりがあるのはあたしじゃなくて彼なのだ。あたしも影響受けてないとは言わないけど。ちなみに料理は平等だから! 彼の方が明らかに上手いけど平等だから! ……不公平だ。
 ではなく、まあつまり彼はマメな人なわけだ。
 でもさ、こういう種類の雑誌はさ……明らかに普段の彼の守備範囲外だと思うのです。学生時代に彼のお姉さんのおつかいでよく女性誌は買ってたけど、ジャンルに限りはあるはずだ。……たぶん。あたしはあんまり詳しくないんだけど。あたしの不審げな視線に気づいたのか彼は台所から姿をのぞかせた。
「あ、それ? とりあえず役に立ちそうなのは残してみた。なるべくななせの好みそうなのばっかにしてあるけど」
 どうせ集めてないだろうし、と彼はいった。うん、長い付き合いだけあってよくわかってる。
 けど。
 大事なことがすこーんとだるま落としのよーに抜けている。
「たしかにあたしは考えもしなかった」
「だろ」
 得意げに答えて、彼はちゃぶ台のあいた場所に湯気立つ香気高いコーヒーの入ったカップを二つ置いた。何も入れずにぐいっといくのが美味しいのだ。即座に飲み干すあたしとは逆に、こんなにおいしいものをいれる彼は猫舌だったりする。もったいない。
 そんなわけで二杯目のミルクティーをねだって、再びお湯が沸くまでの間にあたしは話題を元に戻した。
 つまり。
「結婚式、やりたいの?」
「俺は特にないけど、ななせは何か希望ある?」
「ない、っていうか……希望? え、やるの?」
 咄嗟に切り返してしまったあたしの言葉に、たとえば思い出の映像を流すとかゴンドラに乗るとか、と続いた彼の言葉は次第にフェードアウトし、そして、マリアナ海溝よりも深い沈黙が部屋に満ちた。
 あたしの趣味で彼に押し付けたケトルがお湯が沸いたとうるさく自己主張しなければどれぐらい続いたもんだかわからない。
 いや、ほんと。
 あったかミルクティー(カップに先にミルクをそそいでおくのがこつだ。詳しい理屈は判らないけど、こうすると冷めないのだ)をいれてもらったはいいものの、沈黙はその後しばらく続いた。呆れ九割、めまい一割、ぐらい? あたしは……さすがに今これ以上喋ったらまずいかなあと思って口をつぐんでいただけなんだけど。

「ななせ」
 長く深い沈黙の後、冷め切ったコーヒーを一口飲んで彼はようやく口火を切った。
「何?」
「結婚式って普通、女の人の方がやりたがるんじゃ?」
 だから、言葉は悪いけどななせがやりたいって言うならおおむね何でもつきあうつもりだったんだけどと彼は言う。
 その疑問はもっともだ。
 が。
「でも、あたしは結婚式って自分には関わりない物だと思ってたんだわ、悪いけど」
「……うちの姉の、あの惨状を見ても?」
 ……あたしがいうことじゃないけど、こっそり言葉がひどい。「惨状」って言いたくなる気持ちはよくわかるんだけど、結婚式挙げようかという話をしているのにそんな悲惨な言葉にしたらやっぱりやりたくないなあとあたしは思っちゃうぞ。……他人事じゃないけど。
「いやむしろ見たから?」
 あたしにとって身近な人の結婚式って、先月にあった彼のお姉さんのが初めて、だったのだ。そんで、個人的に仲良しな事もあってお姉さんが初期から結婚式に関わる打ち合わせとかにあたしを同席させてくれたんだけど――けど。
 まるで走馬燈のようにあの怒濤の日々が脳裏をよぎる。
 ……彼には悪いがあたしには、無理、だ。
「あのね、これはあたしがお姉さんの結婚式見て思ったことだから、世間一般の考え方じゃないとは思うんだけどさ」
「うん」
「結婚式って、多かれ少なかれ結婚式っていうのに夢を持っててヴィジョンがある人じゃないと乗り切れないと思いました。悪いけど、あたしにはそんなヴィジョンはない――」
「あ、やっぱり」
 小さいつぶやきだけど聞き逃すもんか!
「わかってくれる?」
 おもわず声がはねたあたしを許して欲しい。
「わかるっていうか、無理だーとななせがいいだすのは予想済」
「じゃ、じゃあ!」
「でも、せっかくだし」
 と、彼はにっこり笑った。
「夢を持ってるかどうかはともかく、俺はヴィジョンだけはあるんだよね。たぶん、ななせを補えるぐらいは」
「……へ?」
 ……あの、なんか、話が妙な方に転がって……ない……?
「あと、あの過程見てて判ったことが一つあって」
「……湊……?」
 凄く楽しそうな彼の言葉にあたしの無意識下の警報器が激しく鳴っている。
「新郎って添え物だけあって、新婦に比べれば大変じゃないんだよ。あれぐらいなら多分俺は耐えられるし、ななせに口出しもできる」
「えっと……」
「試算結果、見る?」
 と、彼はあたしが突き崩したパンフレットの山の一番下から一枚の紙を取り出した。っていうかよく見たらこの雑誌、今月の……?
 動揺したまま、目の前に差し出された紙にあたしは素直にざっと目を通してしまい、うっかり納得し……そこから先のことはあんまり思い出したくない……。

 結論から言うと、あたしは数カ月後、いわゆる華燭の典を挙げた。
 知らなかった……新郎が協力的かつ積極的でざくざく口出しすれば、新婦がどれだけ打ち合わせでやり投げててもどうにかなるんだ……結婚式って……。すごいや。だって、あたしは最終的に自分が着るドレスでさえ決定した記憶ないもん。いくつか候補を選ぶだけ選んで放置したらいつの間にか彼が決めててくれた。さすが長いつきあい。私の好みにはばっちりだった。つけあわせの花もかわいかった。ブーケは人にあげちゃったけど新郎が胸につけたやつはとってある。ゴンドラは乗ってみたかったけどよってたかって反対されて諦めた。そんで悔しかったからその分の予算を投入して料理だけはがんばって決めたのに……それが楽しみだったのに……あたしはほとんど食べられなかった……。ひどい。花嫁さんはひな壇でがつがつ食べれないなんてしらなかった。しかもみんな口々に「おいしかったー。ゴンドラやめて正解でしょ?」って……!!
 だ、だからやだったのに!
 もう……もう二度と結婚式なんかやるもんかー!

 あ、でもごちそういっぱい食べれるなら、そんで湊がぜんぶ決めてくれるなら、あと一回ぐらいやっていいかもしんないとあたしは思うのでした。


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