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きみは僕のねむれる姫君
 今日もリルはよく眠っている。ふわふわの金の髪をソファのうえにひろげ、かすかに頬を上気させて幸せそうに寝息を立てている。リルがおきていればしたいことがあったのだけど、これではどうしようもないので、僕は部屋へ編み物道具を取りにいった。
 どういうわけかリルは僕が起きている時にねむることが好きらしい。気づくとこの上もなく幸せそうな顔で、ソファをひとりで占領して眠っている。おかげで僕はリルと僕とディーしかいないこの家の中でよく暇をもてあます。散歩に行くにしても、今は冬だから外は僕の背丈よりも高く雪が積もっていて歩くこともままならないので無理だし、本を読むのはあまり好きではないし、勉強もリルと一緒でないとディーは見てくれない。同じことを繰り返すのが嫌だという。ものぐさだ。
 と、ある冬に拗ねていたら、ちょうど遊びに来ていたルウさんというディーの友人が編み物というものを教えてくれた。単純作業の様で頭を使うところは使うし、きちんと設計図さえ引いておけば長期間放り出す羽目になっても復帰できるし、機織りと違って編み針に毛糸をかけたまま放っておいても出来上がりにそれほど影響は出ないからだ(機織り機にかけたままだと糸が引きつって摩耗してしまうのだそうだ)。いつ〈ねむり〉はじめるか僕には制御できないので、放っておいても平気というのは重要なのである。
 そんなわけで、僕は今、編み物にはまっている。
「今は何をつくってるんだ?」
 居間に帰ってきた僕がぺたりと床に座り込むと、でろんと宙に寝転がっていたディーが興味を覚えたのかいもむしのように転がってきた。
「リルのサマーセーター」
 僕の編むもののほとんどはリルのためのものだ。一番最初はマフラーを。つぎは帽子。それから手袋とかセーターとかもっと手がかかるものを。毛糸と編み針と編み図はルウさんがたくさんくれた。
 今、編んでいるのは綿からよった夏糸で編んでいるセーターだ。暖かいと言うより風通しの良さの方を優先したものらしい。僕も編むのは初めてで、出来上がりはいまいち予想が付かない。
「……たまには俺につくろうとか考えないのか?」
「ぜんぜん」
 あ、落ちた。まあ、今は冬用の絨毯の上なら衝撃はそれなりに吸収されていることだろう。
「……ミリ……」
「どんな天候でも半袖でひょこひょこでかけて、雨にも濡れてこないような神さまにつくるものはありません」
 ディーは、幼いころ死にかけていた僕らを拾ってくれたものずきな神さまで、人ではない。本来、体を持たないと言うディーは気温には無頓着だ。暑いとか寒いとか感じることはあってもディーに影響を与えないらしい。極端に言ってしまえば裸足で雪の上などを歩いたとしても、冷たいと感じるだけでしもやけにならないのだ。セーターは寒くて暖かくなりたいときに着るものだ(とルウさんが言っていた)。関係ないディーが欲しがってどうするんだろう。
「リルだって似たようなものじゃないか〜」
 ちなみに、リルは精霊だ。僕らはディーと出会う直前に〈契約〉を交わしあった。その内容はひどく単純でたったひとつのことを互いに守るためのものだ。精霊は元来ひどく不安定な生き物なのだが、〈契約〉のせいかリルは性別こそ違うものの僕と同じ顔をしているので(ディーは〈同調〉とか言ってた)、端から見るとまるで男女の双子のように見えるらしい。
「でもリルには僕の感覚貸してるから、ディーとは違って実際に寒いはずだよ」
「――そうなのか?」
 ひょこっと体を起こしてディーが訊いてきた。
「うん。ずっとそうだよ」
 こたえると、ディーは感心したように「へー」といった。どうやら気づいていなかったらしい。一年のほとんどをねむって過ごしている僕が様々な季節や天候を知っているのはリルが僕の眠っている間に体験して、僕に伝えてくれるからだ。
「俺にも貸して」
「無理」
 リル以外には貸せない。たとえ貸せたとしてもしないけど。
「けち」
 といって、ディーはまた絨毯に転がった。そのまま左右にごろごろとだだをこねるように回転している。
「そんなに欲しいの?」
 あきれて僕が思わず訊くと、ディーは即座に飛び起きた。
「ほしい! 編んでくれんの!?」
 すごい勢いだ。
「…………何でそんなに欲しいの?」
「………………」
 途端にディーは口をつぐんであらぬ方へ視線を向けた。後ろめたいことでもあるんだろうか。結局ディーは何も言わないままご飯をつくりに台所へと行ってしまった。まさか自分でも把握していないのかな。

 このやりとりをご飯のために起きたリルに相談したら何故かうらやましがられた。
「なんであたしが寝てるあいだに何でそんなに楽しそうなことが起こってるのよ!」
 そんな感嘆符付きでいわれても……。
「ちがうよ。リルが寝てるから起こるんだよ」
「む〜!!」
 納得がいかないという顔でリルが頬をふくらませる。拗ねた表情は僕と同じ顔だと言うことを忘れるぐらいにかわいくて幼い。実際、僕とリルはあまり〈にている〉という評価をもらったことはほとんど無い。たぶん、一卵性の双子でもそうそうそっくりではないのと同じ理由だろう。
「リルが寝てたら僕らは暇つぶしぐらいしかできないんだから」
「それは!」
 反駁しかけたけど、リルはすぐに唇をかんで言葉を止めた。
「なに?」
 問い返してしばらく待つ。リルは顔中を真っ赤に染めてはくはくと空気を食べたあと、口を開いた。
「……ミリが起きてると安心してねむれるんだもん」
 …………よ、よろこんでいいのだろうか。あまり安心されても結構困るような気がする、んだけど……。
「ミリが寝ている間はよく眠れないから、その分寝てるの! で!」
 で?
「どうしてディーには作ってあげないの? たぶん喜んで踊ってくれるよ?」
 露骨に話題転換されてしまったら、蒸し返せないじゃないか。だけど、そういわれてもなあ……。
「用途のないもの作るのは僕のポリシーに反する」
「芸術は無駄であることが意議よ」
 余暇がなければ発展しない、とリルが言う。壮大な暇つぶしだ、と言ったのはルウさんだったか。僕が不可抗力で〈ねむり〉についている間によく尋ねて来るという彼に一番なついているのはディーだけど、一番影響を受けているのはリルだ。あまり余計なことを覚えないで欲しいとは思うのだが……。
「僕のセーターは芸術品じゃないよ」
「でも、ディーはミリが作ってくれたら喜んで、普通に使うと思うよ。セーターでもマフラーでも手袋でも。そりゃ神経ないから役にたちはしないけど」
 うーん。
 と、考え込んだ後で気づいた。結局リルに訊きたかったことがはぐらかされたままだ……

 ご飯を食べ終えたら、リルはまた寝てしまった。リルの眠りを阻止してみようとソファに座っていた僕の膝を枕代わりにしてすやすや眠っている。仕方がないのでまた編み物をはじめようと道具に手を伸ばしたところで、片づけを終えたらしいディーがてくてくと寄って来た。
「嬉しいからだ、とおもう」
 ……僕の思考は一瞬止まった。
 主語とか目的語とかすべて省かないで欲しい。脈絡がない。こういうとき、僕はリルがディーに受けている影響をこれ以上はないほど思い知らされる。順序立てて話すことをいい加減に学習して欲しい。
「だからひとにもの作ってもらうって嬉しいんだよたぶん。昔はよく昴に作ってもらったけど、最近は『嫌です』の一言で切られるし!」
 ああ、話が食事前からつながっているのか。食事中はディーはずっと黙り込んでいたから、何をしているのだろうとは思ったけど、ずっと考えていたらしい。ちなみに昴というのはディーがルウさんを呼ぶときに使っている名前だ(ルウさんは何故か名前をたくさん持っているらしい。とはいっても僕はその二つしか知らない)。
「何を作ってもらったの?」
 ルウさんは非常に手先が器用な人で、僕はいまのところ彼ができない作業にであったことがない。
「服。糸からすべて手作り。ミリとリルの服も昴制作だぞ、実は」
 糸からってことは糸を紡いで、染めて、布に織って、型作って縫う作業全部ひとりでしているのだろう。……すごい人だ。
 って……
「僕らの服も?」
「そう。作ってくれって言ったらあっさりと」
 俺には作ってくれないくせに、とディーが言うのは無視しておく。
「道理で…………」
「なんだ?」
 趣味がいいなあとは思っていたのだ。自分が着るものにも無頓着なディーが選べるはずがないよな、と思っていたのだ。
 そうか、ルウさんだったのか。とても納得した。ちなみにルウさん自身の服装は、こう、物語とか神話とかに出てきそうな「ずるずる」とかそんな形容詞を使われちゃうような、裾が長かったり袖が大きかったり布一枚でできていそうだったりするようなものが多い。浮世離れした格好なのだけど、面倒だからと伸ばしっぱなしの錆色の髪と相まってとてもよく似合っている。
 あれで、リルに余計なこと吹き込むのやめてもらえればいいんだけど。
「なんか失礼なこと考えてないか?」
「ディーに対してはそうでもないよ」
「……で。作ってくれるのか?」
 忘れてないし。
「――リルのが一段落付いて、気が向いたらね。といってもこの姫君は最近ずっと寝てばかりだから案外早くできるかもしれない」
 と、言ったらディーは意外にも、喜び踊らないで「そうか」とつぶやいた。無言で首を傾げる僕に、「そこの姫君」とディーがリルを指さす。
「――が?」
「お前が寝ていると不安であまりねむれないらしい。かわりにおまえが起きてるとぐーすか寝るけどな」
 精霊は睡眠を必要としない。だが、それは成体のことであって、リルのようにまだ幼い精霊はむしろ外から入ってくる情報に対応するためにたくさんの睡眠を必要とする。外からの情報を断絶して、自分の中で整理するのだそうだ。
 ――それが、寝ていない?
「なぜ……」
 そうは言いつつも、僕もその理由はわかっている。ディーも言った。
 リルの中に巣くっているのは〈不安〉。
 僕とリルが〈契約〉した頃、僕がしばらく〈ねむり〉に落ちていた頃にリルを蝕んでいたものだ。体にかかる巨大な負荷を処理しきれなくて〈ねむる〉しかなかった僕はあの頃何もできなかった。そのときリルを落ち着かせて、眠らせたのはディーだ。まだ僕の〈ねむり〉も浅くて今ほど長い間眠るわけではない頃だからこそそれができた。
 だが、今は――違う。いや、今も僕は何もできない。僕は僕の〈ねむり〉の間のリルには出会えないからだ。僕が〈ねむり〉から離れればリルは〈不安〉から解放される。逆に言えばもうそれしか手はない。しかし、僕は〈ねむり〉を制御できない。
 リルを存続させるための〈ねむり〉なのに、その〈ねむり〉がリルを蝕む。
「そんな顔をするな」
 不意にディーの手が伸びてきて、くしゃりと僕の頭をなぜた。
「本当にまったく寝ていないわけじゃない」
 かろうじてその言葉には頷いたものの、今、リルは僕の膝に頭を乗せて、幸せしか知らないような顔で眠っている。
「夢を……みてるのかな」
「でないとこんなに幸せそうには笑わんだろ」
 ふわり、とひろがるリルの髪にそっと手を入れて金の糸を丁寧に梳く。
「――うん」
 つむじに置かれたままのディーの掌が暖かい。
 僕は夢を見ない。〈ねむり〉に夢は訪れず、将来は本当なら途切れていた。
 リルにあってしまったから僕はもう夢は見ない。
 だから、僕の夢はリルのものだ。
 夢はリルを蝕まない。ただ幸せをみせる。
 昔も今も願いは変わらない。
 どうか、幸せに。
 不安だらけのこの将来に挫折をせずにいられるように。
「――ミリ?」
 ふっ、とリルは目をさました。震える睫の奥に、濃い琥珀色の瞳がのぞき、顔がくしゃっと笑う。
 そして、僕は言う。
 僕のねむれる姫君に、よき目覚めがおとなうように「おはよう」、と――


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