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S.W.K.
「世の中で最も罪深いことはなんだと思う?」
「ほえ?」
 唐突、とうとつ、いつも唐突。
 今日も今日とていきなりな彼の質問に、あたしはスプーンをくわえたまま呆けてしまった。
 最も罪深いこと。
 なんだか宗教的だなあ。
 ごっくん、と食べていた黒ごまプリンを飲み込みながら、あたしは首をひねった。
「殺人かな?」
「時効は15年」
「……まさかアキヒロ、やっちゃったの!?」
「なんでそうなる」
「いや、あんまり反応が早かったから、つい」
「失礼な」
 ごめんごめん、と笑いながらあたしはほっと胸をなで下ろした。
 彼が本当に殺人を犯してしまっていたら、あたしは今すぐ荷造りをして貯金を下ろし、一緒に逃げるための準備をしなきゃならない。ゆっくりプリンを食べる暇もなく。せっかくこんなにおいしいのに、そんな勿体ないことはしたくない。
 ……そういう問題じゃないね。
「で、他には?」
「他ぁー?」
 なんだろう。あたしは眉を寄せた。
「そういえば、人を誘拐して殺すのはもっと罪が重かった気がする」
「場合によっては死罪」
「まさか、やっちゃったの!?」
「だから、なんでそうなる」
「ご、ごめん」
 だってなんか、心配になってきたんだもん。なんでそんなこと訊くのかなあ。
 テーブルに置かれた紅茶を飲む。今日の紅茶はグレイ伯爵──もとい、アールグレイ。
 ここの家で缶を見るまで、アルファベットの18番目だと思っていたことは内緒だ。
 それにしても彼の家には紅茶が多い。来るたびにいつも飲んでいるのに、種類が豊富だから全然飽きない。好きなんだねえ、と思う。もっとも、あたしも彼の影響でかなり紅茶好きになったんだけど。
「じゃあー……えーっと、銀行強盗」
「……あれ成功率低いんだぞ」
「まさか、やりたいの!?」
「……ヒナ。わざとやってるだろ」
「えへ。ばれた?」
 ごまかし笑いを浮かべながら、また外れたのかとちょっと落胆。考え込みながら手元を見下ろしたら、プリンはもうなくなっていた。おいしいけれど、いまいち量が少ないんだよね、このプリン。
「うー。わかりません」
「法律に関係なく、自分がされたら一番嫌なことと考えてみましょう」
「自分がされたら一番嫌なこと……?」
 反芻しながらどんどん眉根が寄っていくのが自分でも判った。別に壁にも天井にも答えは書いていないのに、目がうろうろと空中をさまよう。
 突然、ぷ、と彼が小さく吹き出した。
 あたしの視線が彼に戻る。
「何がおかしいのですか」
「眉毛が見事にハの字でした」
 ええい、そうさせているのはどこのどいつだ!
「判ったよ、自分がされたら嫌なこと」
「何?」
「悩んでいるときに笑われること」
「……ごめんって」
 申し訳なさそうに彼は謝ったけれど、その顔には笑いの余韻が残っている。反省が足りない。
「それで、他には?」
「そうだなあ。殴られたり叩かれたりするのは嫌だな。痛いもん」
「ふむ、そりゃそうだ。あとは?」
「嘘つかれるのも、嫌かな」
「うんうん」
「知らない人にえっちなことされたりとかさ」
「……なんだって?」
 相づちを打っていた彼の声が微妙に低くなった。おっと、とあたしは手で口元を押さえた。
「されたんだ?」
「えっと」
「いつ?」
「ええっと」
「いつの話?」
 こっそりと彼の目を覗く。……言い逃れはできないらしい。
「……小学校のとき。電車に乗ってたら足触られたの」
 気まずい思いをしながらあたしが正直に告白した瞬間、彼は舌打ちと共に信じられない言葉を吐いた。短い、でもものすごく独創性に富んだ罵倒だった。
 ……この人こんな技も持っていたんだ、と驚きで目を丸くしたあたしは感心もしてしまった。さすが歩く生き字引。いやあまり関係ないかもしれない。
「それで?」
「それがー。……その」
「……何?」
 口ごもるあたしに向けた視線が鋭くなる。
「言わなきゃ、だめ?」
「だめ」
 うう……。
 ますます気まずくなりながら、ため息混じりにぼそりとあたしは答えた。
「その時はチカンだと思わなくてー……」
「……思わなくて?」
「ものすっごくくすぐったくて、爆笑してしまいました」
「…………」
「…………」
 彼は黙って背を向けた。
 ……肩が震えていた。


 だから言いたくなかったのに……。


「──ごめん」
「いいよ、もう」
「で、その後は?」
「え? ああ、あたしが大笑いしたせいで、犯人だったらしいそのおじさんは、それはそれは驚いたようで、腰を抜かし」
 彼はぶっと吹き出し、慌てて謝り先を促す。あたしは遠い目をして生暖かい笑みを浮かべた。
「むしろチカンとして捕まった方がマシだったかもね、と思ってしまうほどの恥をかいていたっけね……」
「……ま、当然の報いだ」
「あはは、そうだね」
「話は戻るけど、他には?」
「え、まだ続くの?」
「うん」
 きっぱりと頷く彼。その顔を見つめながら、あたしは改めて怪訝に思った。
 ──何をそんなにこだわってるんだろう?
 ずれた話題をわざわざ軌道修正するくらいには重要な話なんだろう。つまり彼は何か言いたいことがあるのだ。……いや、あたしに何か言わせたい、のかな?
 何を?
 あたしは彼の言葉を思い起こす。できるだけ忠実に。彼は、何と言ったっけ?
 この世で一番罪深いことは何か、だ。
 それは、法律によるものではなくて、自分がされたら嫌なこと。
 ──自分がされたら、嫌なこと?
 あたしはふと、彼の側のテーブルに目をやった。
 紅茶のカップと、使われていないスプーン。いつもと同じく彼が自分で用意したものだ。でもあたしが買ってきた杏仁プリンには、まだ手をつけてない。
 自分の側のテーブルを見る。
 紅茶のカップと、プリンが入っていた陶器の入れ物と、そしてスプーン。もちろんスプーンは使用済み。だって黒ごまプリンはとってもおいしかった。
 そう、とっても……。
「…………あ」
「どうかした?」
 彼の表情にはさほどの変化はなかった。でも今のあたしには、その瞳が、あたしにあることを求めているのだと判った。
 ようやく──ようやく、あたしは彼の言わんとすることを理解した。というか、思い出した。


 黒ごまプリンは彼の大好物だったということに……!


「ごめんなさい……」
 迷わずあたしは頭を下げた。
「何が?」
 冷静な彼の問いかけがあたしの胸に突き刺さる。あたしはますます小さくなった。
「明日、また買ってきます。くろごまぷりん」
「……ありがとう」
「ごめんなさい」
「おいしかった?」
「非常に美味でした」
「そっか」
「ごめんなさい」
「いいよもう」
「ごめんなさい」
「でも明日絶対買ってきてね」
「必ず買って参ります」

 ……ごめんなさい。