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P4U
 あたしの彼氏は変わってる。
 彼のことを知るみんながそう言うし、あたしもそう思ってる。そう知っていると言うべきかな。
 そして彼自身、世間一般からそうとうずれていることを自覚している。とはいえそれはあくまで「何かちがうらしい」という曖昧な感覚だけで、実際に何がどうずれているのかは判っていないのだと思う。
 価値観が違うということなんだろう。一般常識にとらわれない思考の持ち主なのだ。そしてそんな人間と付き合っているせいで、あたしまで変わった奴だと思われている。
 でも、あたしがその周囲からの評価を不愉快だと感じたことは一度もなかった。なぜなら、あたしにしてみれば、自他共に認める変わり者の彼氏がとても自慢だったし、そんな彼の隣にいて対等に会話ができる自分が誇らしくもあったからだ。
 以前そう言ってやったら、あたしの親友は、珍獣を見るような顔であたしの顔をまじまじと見つめた。そして諦めたように首を振り、朱に交われば赤くなるってか、と呟いたのだ。失礼な奴でしょう?
 だけど、あえて否定はしなかった。
 誰からも変人扱いされる彼が、あたしはだいすきだから。
「ねえ、今何か欲しいものある?」
 彼の誕生日が近づいたある日のこと、あたしは何気なさを装って訊ねた。
 一ヶ月以上前からずっと考えていたのだが、彼に贈るプレゼントが思いつかなかったのだ。
 恋人である以上、彼の誕生日に何かを贈りたいというのは当然の心理だろう。理想は彼が最も欲しがっているものをこっそり用意することなんだけど、世の中そんなにうまくはいかない。まして、あたしの場合は相手が相手だ。誰もが認める変わり者にありきたりのものを用意するわけにはいかないよね、とか、せっかく贈ったのに気に入ってもらえなかったら悲しいし、などと悩んでいるうちに、期日はもうすぐそこまで近づいてしまっていた。
 問いかけながらあたしは、ある程度お金も貯めたし、よっぽどのことがなければ彼の期待に添えるだろうと思っていた。
 だが、それは甘かった。生クリームでコーティングされたパフェに砂糖を満遍なくまぶしたくらいに、あたしは甘かった。
「肉球」
 彼は迷いなく即答した。きっぱりと。真顔で。
 思わず硬直するあたしの頭にクエスチョンマークが踊った。
 数秒間悩んで、ようやくそれが動物の足にあるものだと気がつく。
「……欲しいんだ?」
「ものすごく」
 なんで、と訊いてはダメだ、とあたしは自分に言い聞かせた。そんな細かいところを気にしていたら、彼との会話は全然進まない。
 気を取り直し、もう一度問いかける。
「じゃあ……他には?」
「尻尾かな」
 ……あたしの中で激しい葛藤が起きた。
 訊いちゃだめだ訊いちゃだめだ訊いちゃだめだ!
 なんでじゃあー、なんて訊いちゃだめ!
「……ど……ういう?」
 苦し紛れに疑問をねじ曲げ。
 しかしその苦労を全く意に介さず、彼は、打てば響くような即答であたしを後悔させた。
「猫のがいい。犬みたいなのじゃつまらないから」
「なんで?」
「丸めてるだけのがいるだろ。あれ、なんかつまらないと思わないか」
 ……つまらないだろうか。何が? どこが?
 あたしは首を傾げた。心の中では頭を抱えていた。
「ひょっとして……あまり動かないから?」
「あたり。動きがおもしろくない。どうせなら優雅に動かせないと。猫みたいに」
 な、なにそれ。
 あたしは唖然としてしまった。さすがだ。あたしもかなり慣れてきているので並大抵のことでは驚かないつもりだったけど、これには参った。
 どうしよう。この人変だよ!
 欲しいものがあるかと訊かれて、真剣に肉球を欲しがるかな普通! しっぽも!
 でも、猫みたいにしっぽを生やした彼の姿を想像したら何だかほほえましくて笑えた。かっこいい容貌の彼のおしりからしっぽがゆらゆら揺れていたら、何だかかわいい。
「じゃあ、その優雅に動かせるしっぽで何をするつもりなの?」
「猫の尾はバランス取りのためにある」
「へえ、そうなんだ。じゃあ犬は?」
「犬も一緒」
 ふうん、とあたしは感心する。彼は知識が豊富だ。偏っているけれど。
「でも不思議。四足歩行する動物の方が、二足歩行の人間よりバランス良さそうなのにね」
「……ああ、確かに」
 短い沈黙の後頷いた彼は、少しだけ驚いたような顔をしていた。眉がちょっとあがって、瞳が大きくなる。あたしのすきな顔だ。
「肉球としっぽの他には何かある?」
 彼の表情に気をよくしたあたしはもう一度質問した。どうにかして彼の欲しいものを、それもあたしが手に入れられそうなものを聞き出したい。何しろ期日は明々後日なのだから。
 ところが、あたしを見つめる彼の瞳がかげった。
「俺はそんなに欲深くないよ」
「は?」
「別にプレゼントなんていらないってこと」
「……ばれてたの?」
「うん、まあ」
 ……あちゃー……。
 あたしは頭を抱えた。気づかれてしまっていたらしい。
「……どこで気づいたの?」
「最初から。この時期にその質問で、気づかない方がおかしい」
「ううっ」
 言われてみればその通りだ。よく考えてみれば、去年も同じようなことをしたんだった。その前も。あたしも進歩がない。
 あたしは深くため息をついた。
「だって、誕生日でしょ。お祝いしたいもん。何か記念になるようなもの、あげたいよ」
「そう言われても、わざわざ君からもらいたいと思うようなもの、ないし」
「本当にないの?」
「ない」
「なーんにも? ぜんぜんまったく?」
「何だ、その言い方」
 しつこく尋ねるあたしに彼は眉をぎゅっと寄せた。
「だって、信じられない。肉球としっぽ以外に欲しいものがなんにも思いつかないなんて」
「そうかな。自分の尺度だけで物事を判断するのは危険だと思うよ?」
「ふーんだ。いくら自分が変人だからって、必要以上に異常を装うことこそ危険だと思うな」
 極めて正論を説く彼の言い方には慣れていたので、あたしは余裕の笑顔で言い返した。
 最初からあたしの狙いに気がついていたくせに、肉球だのしっぽだのと答えるような男に容赦はしないのだ。大体彼は、自分が何と言われているのか判っていて、あえてそれを助長させるようなことをしているふしがある。周囲に誤解をまき散らして楽しんでいるのだ。
「……言うなあ」
「そっちこそ」
 二人とも笑みを絶やさないながら、その視線に火花が散った。
 だが、先にため息を漏らしたのはあたしの方だった。
「誕生日プレゼントだよ? バレンタインでもクリスマスでもなくて、アキヒロ個人の記念日なんだよ? そんなに、欲しくないの?」
「……正直に言うと、あまり」
「むうー……」
 あたしは頬を膨らませた。どうしてだろう。
 恋人がいる身で、誕生日を迎えるとなったら、相手に祝ってもらいたいと思うもんじゃないの? 普通は。
 彼にとっては誕生日なんてどうでもいいのだろうか。
 それとも、それを祝いたいと思うあたしの気持ちが、煩わしい?
「あたしは大事だと思うんだけどなあ」
 悲しくなってぽつりと呟いたら、彼は不思議そうな顔をした。
「そうかな。そんなことに金をかける必要があるとは思えないんだけど」
「だってお祝いしたいもん」
「だから祝うのはともかく、プレゼントは必要ないだろ。俺は君に貢いでもらうために付き合ってるわけじゃないんだから」
 え?
 俯いていたあたしは、怒ったような彼の言葉に心底驚いた。反射的に顔を上げて、彼の顔をまじまじと見つめる。
 貢いで、って、どういう……
 あたしは焦って瞬きを繰り返した。信じられない気持ちだった。
 彼は今、何と言った?
 誕生日のお祝いって言ったら──プレゼントのこと、じゃないの?
「あの、ちょっと聞いていいかな。アキヒロは、誕生日をお祝いすることには賛成なの?」
「誕生日を迎えたからって特別な感慨はないけど、君に祝ってもらうのは楽しみかな」
「それなのにプレゼントをするのは、反対なの?」
「必要ないし」
 …………。
「……じゃあ……どうしろって言うの……?」
「なぜ困る」
 そう言った彼は、本当に、何をそんなに悩むことがあるんだと言わんばかりの顔をしていた。真実不思議そうだった。その顔を見て、あたしもようやく彼が言わんとしていることを理解した。
 つまりはこういうことだ。誕生日を祝うのに、余計な贈りものは必要ない。大切なのは、お祝いしようという気持ちだから──
 でも普通そんなことは考えないよ。人間は欲張りなんだもの。口先だけのお祝いよりも某かのプレゼントを期待する。そういうものじゃない?
 だけど、彼はそうじゃないんだ。そう、こういう人だった。
 彼に言われたとおりだ。自分の尺度でものを考えるのは危険。本当に、その通り。
「あは。あはははははは」
 理解したら何だか笑えてきて、あたしは一人で大笑いしてしまった。そんなあたしを、彼は別に驚きもせずに見つめている。
「問題は解決した?」
「うん、した。えへ、ごめんね。ちょっと勘違いしただけだった」
「ふうん?」
 あたしが何を勘違いしていたのかもう判っているだろうに、彼は詳しくは訊かなかった。その優しさが心にしみた。
 だからあたしは、彼の考えに沿うようなプレゼントを考えた。きっとこれなら彼も喜んでくれるだろうという確信をもって。
 いたずらを計画するように、わくわくしながら提案する。
「ねえ、じゃあ明後日の夜は一緒にいよう」
「……誕生日は明々後日だけど?」
 怪訝そうにする彼に、あたしはにこにこと答えた。
「知ってる。だから、日付が変わると同時にキスをしてあげる。それがプレゼント。どう?」
 彼はすぐには答えなかった。
 目を少し大きくして、眉を上げて。それがふいに破顔する。
「……それは、いいな」
「でしょう?」
 くすくすとあたしは笑った。
 価値観が違う二人の、妥協ではなくて、意見の合致。
 それを探すことが、あたしの最大の楽しみ。
 だからあたしは彼がすき。