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L&D
 あたしと彼は、デートというものをあんまりしない。
 全くしないわけではない。朝起きたら何が何でもペンギンを見たくなって水族館に行ったのはつい最近の話だし(ちなみに見たがったのはあたしではない)出先で待ち合わせて一緒にご飯を食べるということも、よくある。
 でも会う頻度に比べると、出かける回数はとても少ないのだ。
 じゃあいつもどこで何をしているのかって?
 答えは簡単。
 彼の家で、まったりしているのです。
「ヒナの好きなものってなに?」
「は?」
 珍しいことに大した会話もせず、あたしたちはそれぞれ読書をしていた。ときおりページをめくる音がする以外は完全に無音状態で、こういう沈黙は嫌いじゃないなあとふと思ったその時だった。
 投げかけられた問いの内容を理解するのに、しばらく時間がかかった。
 というのも、あたしが読んでいた本というのが、ワンルームマンションで野生のライオンを飼うためにはどうしたらいいかという、あまりにも現実味のない、それでいて面白すぎる本だったのだ。ライオンには丸太が必要なんだーとすこぶる感心していただけに、頭の切り替えが遅くなった。
「好きなもの?」
「そう」
 ちょっと思案する。ライオン──じゃあ、ないなあ。
「ものって、例えばなに?」
「何でもいいよ。エアコンでも冷蔵庫でもタンスでも」
「…………」
 はっきり言おう。
 そんなものに好き嫌いの感情を抱く人間はいない。よほどの理由がない限り。
 お願いだから目についたものをそのまま言わないで下さい。
「えーっと、じゃあ、すあま」
 素直に食べ物で答えると、アキヒロはあたしを見て少し笑った。
「好きだね」
「うん。だいすき」
 某ぱんだにも負けないくらい。
 すあまだけでなく、あたしは芋ようかんも大好きだ。和菓子全般どれでも好きなのだが特にこの二つには目がない。浅草に本店のある和菓子屋さんにはとてもとてもお世話になっている。いや、あたしは客なのでむしろお世話しているのかな?
「和菓子は洋菓子に比べてカロリー低いし、いいことだ」
「しかも安いのー」
 あたしはにこにこと答えた。お店にもよるけれど、和菓子は洋菓子より比較的安価だ。あたしの大好きな和菓子屋さんに至っては、どれもこれも一品百円以下である。

「じゃ、嫌いなものは?」
「ええー?」
 あたしは困惑した。
 とっさに、好きなものですあまを挙げたのだから、嫌いなものも食べ物でと思ったのだが、これがなんにも思いつかない。
 にんじんは嫌いなのではなく、苦手なだけなのだ。
「……痛いことと辛いこと?」
「もう少し具体的に」
「ううー。判りません」
「ないの?」
 あたしは頭を抱えてうなった。
「わかんない。嫌いと言えるほどネガティブなことをポジティブに考えられない」
「今……なにか矛盾してなかった?」
「あれ?」
 あたしは首を傾げた。自分の言葉を反芻して、ああ、と手を打つ。
「ごめん、紛らわしかったね。嫌いと言えるほど否定的なことを、積極的に考えられない、という意味でした」
「積極的に何かを否定できない、と?」
 頷く。
「嫌い、って感情はすごく強いから、ちょっとやそっとのことでは決められないんだよね」
 それよりは苦手なもの、と言った方が分類しやすいのだ。
 そう言うと、彼はとてもとても納得したふうに頷いた。
「なるほど。うまいなあ」
「……そうかな」
「でも好きなものを決めるのは簡単?」
 確認されるように問われ、あたしは考え込んだ。
 迷いながらも頷く。
「実際、好きだなと思う方が多いと思う。楽だし」
「楽?」
「うん。嫌い、っていうのは、もう切り離してるところがあると思うんだよね。自分には必要ない、というか。そういうのはなんだか悲しいから、多くしたくない」
「ふむふむ」
「でも、好きなものはいっぱいあった方がいいな。その方が幸せだと思う」
「なるほどなるほど」
 彼はしきりに頷いた。なんだかあたしの意見はとても役に立ったらしい。いいことだ。
 一通り気が済んだようなので、今度はあたしから訊いてみた。
「それで、それが一体どうしたの?」
 すると、彼は一瞬口ごもり、いやその、と言葉を濁らせた。
「?」
「ええと」
「……なにかあった?」
 彼は頬をかき、ため息混じりに告白した。
「この本が」
 読んでいた本をとん、とテーブルに置く。
「ちょっと辛かった」
「……面白くなかったの?」
「……そういうわけでは……いや、そうなのかなあ」
 なんなんだ。
「俺はあんまり何かに対して好き嫌いを考えないので」
 それは知っている。
 彼は基本的にニュートラルだ。関心を持つことはよくするけれど、好き嫌いははっきりしない。紅茶やプリンなんかはごく稀な例外なのだ。
 ……つまり?
「こういうのをどう言ったらいいのか判らないんだけど」
「ふんふん」
「……読まなきゃ良かったかな、と思った」

 ……そりゃあなた、明らかに……!

「……どういう話だったの?」
「推理もの。しかもシリーズ物で一冊目。なんか、読んで悔しかったからお前も読めと押しつけられた」
 ああ……とあたしの目がうろんになった。そういうことをしそうな人間に心当たりがある。あの人の場合、面白すぎた場合でもそう言うし、つまらなかった場合でも同じ言い方をする。どちらにしても、本の趣味が似ているアキヒロに同じ思いをさせたいらしい。
「一番気になったのは推理ものとしてのストーリー展開よりも、このシリーズ名になっている人間は何をしに出て来──いや、なんでもない」
 彼は突然口を閉じた。言っちゃいけないことだったらしい……。
「えっと」
 あたしはためらいがちに口を開いた。
 微妙に彼から視線をずらし、わざとらしく陽気に提案する。
「そゆものは、捨てて忘れるのがいちばんだよ!」
「……それだ!」

 いいのかな、これで。(というか、よく考えたら借り物です)







 そして彼は、本当にその本を片手に出て行った。