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H
 先日、髪を切りました。
 と言っても失恋したわけでもなんでもなくて(そういえばどうして失恋すると髪を切るんだろう。不思議だ)ただ毛先を揃えてもらっただけなんだけど。
 そこでとても強く思ったんだけど、美容院て暇。あたしはぼうっとしていること自体は別に嫌いじゃないんだけど、美容院でそんなことはできない。なぜなら、正面のでっかい鏡のせいで常に自分の顔が見えて、つい笑っちゃうからだ。その場に誰もいなければ、にやけようが大声で笑おうが自由だけど、美容院には美容師さんがいる。意味もなくにやける客を見たら、普通の美容師さんはどう思うかなんて、考えるまでもない。
 だからといって、人見知りするたちのあたしは、初対面の美容師さんと和やかに話をするのもちょっと苦手なわけで。
 結果、鏡を見ずに暇をつぶすために、あたしは普段あまり読まないファッション雑誌を読むわけだ。
 大体その時に読む雑誌の内容なんて、お店を出る頃には覚えていないわけなんだけれど、今回は例外だった。
 占い欄を読んだら、なんと今月のあたしは絶好調だったのだ。しかも、恋愛運が特によかった。
 なんだかとても嬉しかったので、思い出したついでに彼にもそのことを報告したら、彼はとてもとても不思議そうな顔をした。
「占い?」
「うん。そう」
 あたしはきっぱりと頷いた。
 間があく。
「……常々疑問に思ってたんだけど」
 迷うそぶりを見せながら、彼は首をひねった。
「占いの根拠は一体どこにあるんだろう」
「へ?」
「タロットカードでも水晶玉でも何でもいいけど、本当に当たるんだろうか、それは」
 まじまじと問われてしまい、あたしは言葉に詰まった。
 当たるかどうかって……そんな。


 あたしが知るわけないじゃないかー!


「それは超能力とかUFOを信じるかという疑問と同じだと思う」
「そうなのかな」
 少しばかりむくれながらそう言うと、彼はちょこんと首を傾げた。その仕草がなんだか妙にかわいい。
 ──いや、なごんでる場合じゃないんだってば。
「根拠が科学的に証明されてないから、という点でたぶん一緒」
「ああ、確かに」
 納得して欲しかったわけじゃないんですけど、アキヒロさん。
 うーむ。
 あたしはちょっと唸って、逆に問い返した。
「ひょっとしてアキヒロは、占いなんかを信じるあたしがバカみたいだと思ったの?」
「いや、そこまでは」
「……ちょっとは思ったんだね」
「えーっと」
 あたしは大きくため息をついた。無意識に唇がとがる。
「あたしだって、丸ごと全部信じてるわけじゃないよ」
「そうなんだ?」
 首を傾げる彼は、確実にあたしの言葉を疑っている。むうー。
 どうしたら彼を納得させられるだろう、とあたしはちょっと思案した。
「あたしだけじゃなくて大抵の人がそうだと思うけど……」
「憶測だけで判断するのは危険だよ、ヒナ」
 考えながら言葉を唇に乗せたら、すかさず指摘されて出鼻をくじかれてしまった。でも慣れたもので、その程度ではあたしは怯まない。即座に頷き、彼の意見を受けいれた。
「……そうだね。じゃ、今の言葉はなかったことに。でも、少なくともあたしは、占いの全部を信じたわけじゃないの」
「へえ」
「ただ、あったらいいなとは思ってる」
「…………」
 彼はへんな顔をした。呆気にとられたらしい。
 ここぞとばかりにあたしは強く主張した。
「くだらないと思う? でもね、あたしに言わせれば、全てのことにはっきりした根拠があったらつまんないよ。超能力もUFOも、あっていいと思う。絶対にないっていう証拠がない以上、そういう夢を持っていてもいいと思う」
 人に迷惑をかけない程度に、だけど。
「それにね、占いだって、いいことが書いてあったら嬉しいじゃない。本当にいいことが起きるかどうかは別なの」
「別なの?」
「だって、何かが起きたとして、それをいいことと思うか嫌なことと思うかは人によると思うから」
 例えば誰かに道を譲ってもらったとする。それに対して、ありがたいと思うか当然のことだと思うかはその人次第だ。性格にもよるし、その時の機嫌にもよる。やさぐれている時にささやかな好意をもらうと、普段より数倍は嬉しい。
 そしてそれは雑誌に載っている占いでも同じことだ。
 だって占いにあるのはいつだって漠然としたことばかりで、実際に何が起こるのかは書いていない。そういうものだからだ。占いは予言じゃない。
「だから、占いに根拠はそれほど必要ないんだとあたしは思うわけです」
「……なるほど」
 深く頷く彼に、あたしはもう少しだけ付け加えた。
「朝起きたら天気が良かったとか、ふと飲んだ紅茶がおいしかったとか、見かけた猫がかわいかったとか。そういう普段のなんでもないことで、ちょっとでも心が癒されれば、それが幸せってものなんだと思うよ」
 それが、あたしの幸福論。
 なんだか今日のあたしは妙にがんばってる気がするなあ、と思いながら、あたしは言い切って満足したのでおいしく紅茶をいただいた。今日の紅茶は皇太子。シンプルな味はきっとミルクティーにしてもおいしいだろう。
 プリンス・オブ・ウェールズかあ。この言葉がイングランド皇太子を意味するようになったのはいつからだったっけ?
 冷めてしまっていたので一気に飲み干しながらそんなことを考えていると、ふと、彼の視線を感じた。
「……ど、どうかした?」
 あたし、なにかまずいこと言いましたか?
 そんなにじっと見つめられると皇太子もびくびくしちゃうよ?
 怒らせただろうかと怖くなるあたしに、彼はなんだかものすごく感心したように呟いた。
「びっくりした」
「え」
「いいね、それ」
 ……皇太子が?
 あなたのカップの中身も皇太子……ですよ?
「ちょっと感動した」
 皇太子に!?
「ヒナのそういう所、好きだな」
「……へ?」
「キスしていい?」
「…………へ?」

 止める暇なんてなかった。(いや止める気もあまりなかったけど)
 瞬く間に唇をふさがれ、反射的に顔が紅くなるのを自覚しながら、あたしはぼんやりと考えていた。



 あの占い、当たる!