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ミラクルゾーン
 最近はやりの漫画やライトノベルには、ある種の約束事があるらしい。
 それはある種のジャンルにおいてものすごく多く見られる現象で、まるでお上にこうしろと命じられているかのような徹底っぷりで守られている。まんまその通りの単語がタイトルになっている時もあるし、そうではなくても○○モノと分類付けできちゃうくらい、その場所と、そこにいる住人について、多くの作家さんたちが題材にしている。
 でもあたし――萩野美由紀は、そういう流行があることは知ってたけど、それはあくまでも想像上の話であって、現実にあるはずがないって思ってた。
 この高校に入学するまでは……。


 ――それは学校と名のつくところにはおおむねどこにでも存在している。大学にはないかもしれないけど、少なくとも高校には必ずある。そしてそこには必ず住人がいて、そして――


「こーんにーちはー」
 ここんとリズミカルにノックをして返事も待たずに扉を開くと、今日も変わらぬ仏頂面に力いっぱい睨まれた。
「また来やがったのかてめェ……」
「えっへっへ。いいじゃないですかぁー。邪魔しませんしお手伝いもしますしー」
「この部屋に入っていいのは役員だけだと何回言わせんだ貴様は! このバカが!」
 ばしーっと手にしていた書類を執務机に叩きつけて怒鳴り飛ばした彼は、篠原帝という、あたしよりいっこ上の先輩だ。いっつもこんな調子で怒ってばかり。眉間にはシワがよったまま。でも超有能で有名な、うちの学校の生徒会長だ。
 そう――彼に怒鳴られながらもあたしが毎日果敢に突撃しているのは、何を隠そう我が高校の生徒会室なのだった!
「だってだって。まさかホントに実在するとは思わなかったんですもん。あたし超びっくりの大爆笑で、もう日参せずにはいられなくて」
「なんの話だ……」
 ご説明しましょう、それはつまり!
「いくら生徒会が権力持ってる学校でも、理事長室かーってくらい豪華な生徒会室はあり得ないでしょ〜。他の教室は普通なのに、なぜかここだけふかふか絨毯に座り心地最高のソファですよ? そんなの漫画の中だけかと思ってたのに!」
 言いながらあたしは寝心地もバツグンのソファに勝手に座った。
「しかも」
 上機嫌なあたしとは対照的に、今まさにキレる寸前という顔で青筋浮かべている帝センパイを見上げる。
「そんな部屋にいっつもいる生徒会長まで、お約束通りの、鬼畜でサドでおっかない――のに顔と頭が異常にいい人ときたっ!」
 しかも眼鏡だ。机に向かってる時以外は外してるけど、どっちも最高かっこいい。そんでもって目つきが最高怖い。
 ここまで揃ったら誰でも思わず通っちゃうと思うんだ!
 しかもしかも、名前が帝ですよミカド! エンペラーですよ!?
「ここまできたら、あと残るは校内で獲物を見つけ、ここでイヤンなことを強要するだけですよ! 帝センパイ万歳!!」
「黙れこのオタクバカが! てめェの頭ん中はどこまで漫画で染まってんだ! つうか、イヤンなことってなんだ!?」
 ツッコミもキレがあって……ほんとこのセンパイ、素敵すぎ。
「やだなーセンパイったら……そんなこと女の子に言わせないでくださいよう」
「てめェが言ったんだろうがー!!」
 腹筋をフルに使った絶叫でひとしきり絶叫すると、帝センパイはぜえはあ言いながら席に戻った。
「っとに……毎日毎日昼も放課後も勝手にいりびたりやがって……」
「水曜の放課後は来ないようにしてるじゃないですかー。はい、コーヒーいれましたよん」
 水曜は毎週定例会議をやってるので、さすがにそこには入らない。頭をかきむしるセンパイにささっと備え付けのコーヒーメーカーでいれたコーヒーを差しだすと、センパイはものすごく微妙そうな顔であたしを見上げ、奪い取るように受け取ってそのまま一気飲みした。
 うひひひ。きっとホントは嬉しいけど持ち前のプライドとかが邪魔してお礼も満足に言えないに違いない! あっはっはさすが生徒会長!
「コピーとか雑用あるならやりますよぉ?」
 お得意の笑顔を浮かべながら小首を傾げると、帝センパイは深ぁいため息を一つついて、どこの部長様のお机ですかってくらい高級な執務机に散乱していた紙束から数枚の書類を探しだし、あたしに突き出した。
「20部ずつコピー」
「はぁーい」
 最新型コピー機まで完備してる生徒会室って、やっぱり尋常じゃないよねえ。

「コピー終わりましたよー」
 端を揃えて内容ごとにクリップで止めて、ちゃんと向きも相手に合わせて差しだすと、見向きもされずに机の空きスペースを指示された。そこに置けということだろう。
 うう……こういう愛想のカケラもないところがまたビバ生徒会長! 鬼っぽくてイイ!
 どんなに尽くしても決して振り向いてはもらえない、むしろ愛を向ければ拳が返ってくるよーな関係。自分でもどっかおかしいとは思っちゃいるけれど、あたしはこのセンパイにメロメロだった。もうどこにでもついて行っちゃいそう。
 そろそろ暗くなってきたので勝手に電気をつけて、ついでにコーヒーのお代わりをいれて、お仕事の邪魔にならないように机の端にそっと置く。すると、ちょうど休憩しようと思ったところだったのか、帝センパイがうーんと大きく伸びをした。
 ――ちゃーんす。
「ねえねえセンパイ」
「あァ?」
 あたしはここに来る時に一つだけ決めていることがある。それは、センパイの邪魔だけは絶対しないってこと。つまり、センパイが休憩している今こそ話しかけるチャンス!
「ずっと訊いてみたかったんですけどー」
「なんだよ」
 予想通り、帝センパイは不機嫌そうではあったけれど一応こっちを向いてくれた。
「この部屋、どーしてこんな場違いなくらい豪華なんですか? やっぱり生徒会が裏でお金稼いでたり、先生の弱み握ってたりとかするんですか?」
「……てめェは生徒会になんか恨みでもあるのか? なんなんだその不可解な疑惑は」
「違うんですかー?」
 ちぇーっ。なんだ残念。帝センパイなら、教師の一人や二人下僕にしてたっておかしくないのになあ。
 つまらなそうな顔をしたのがバレたのか、帝センパイはあたしの顔を一瞥すると、舌打ちを一つしてコーヒーに手を伸ばした。
「この部屋はな」
「ふむふむ」
「うちのジイさんと賭けやって、もらったんだよ。元は理事長室」
 ぶはっ!!
「……なんでそこでいきなりうずくまって震え出すのか、聞きたくないが訊いてもいいか……」
「せ……せんぱ……センパイ……あなたって人はもう……人間国宝とか天然記念物とかに指定されるべきですよう!」
「なんでンなもんに指定されなきゃならねーんだ! お前ほんと脳ミソおかしいんじゃねえのか!?」
「だって! てかこの学校の理事長ってセンパイのおじーさんっすか! センパイ理事長の孫ですか! もうどこまで……ぶくくくどこまでうははっは」
「蹴るぞ!」
「蹴ってから言うのは反則だと思いまぶわひゃひゃひゃあっははははは」
「黙れ! お前マジで追い出すぞコラ!」
「あだ、あだだ痛い痛いですよセンパうひゃははは」
 かなり長い間思うがままに笑って、ようやっとあたしが身を起こした時には、あたしの制服は無惨にも足跡だらけのしわくちゃになっていた。……ブレザー脱いでてほんとによかった。ブラウスはすぐ洗濯できるけどブレザーはクリーニングに出すしかないもんなあ。
「はー笑った。あーお腹痛い。んーなぜか背中も痛い?」
「……おめでたいにもほどがあるぞお前……」
 蹴り疲れたのか笑いが止まらなかったあたしに疲れたのか、たぶんその両方だろうけど、げっそりしながら帝センパイはまたため息をついた。眼鏡を外して顔を覆ってる。
「お前さあ……何がしたいんだ本当に」
「はい?」
「呼んでもいねぇのに毎日ここでバカ晒して、何が楽しいんだ?」
「えー役にも立ってるじゃないですかー。一応」
「……それはともかくとしてだ」
 あ、流された。ちょっとショック。
「生徒会役員だって毎日なんか来やしねえのに、なんで部外者のお前が嬉々として通ってんだ? そんなに暇なら勉強でも部活でもやればいいだろ?」
「んー。まあそれはそうなんですけどー」
 あたしは人さし指をぐるぐる回し、思案しながら答えた。
「勉強についてはですね、こう見えてそんなにバカじゃないですし。実を言えば、手伝うことなーんもない時にそこの応接セットで宿題やってることもありますし」
「――なにっ」
 あは。気づいてないでやんの。
「部活はホントは入ろうかと思ってたんですけどねー。でもそんなのするよりもっとずっと楽しいこと見つけちゃったからー。やっぱりやりたいことやるのが一番でしょうっ?」
「……要するに何をおいてもここに来たいと……?」
「えへ」
 だって、部活で汗を流すよりも、この無意味に豪華な生徒会室で怒鳴られている方が、あたしにとってはずっと有意義なことだから。きっと十年たっても後悔なんてしないだろう。
 ああ、あたし今、魂の奥底から帝センパイのために生きてます!
 それにあたしは知ってるのだ。実は生徒会って、大きな学校行事がなくても毎日些細な仕事が多くて、帝センパイはいつも一人でそれに追われている。あたしはコピー取りとか職員室への臨時配達員くらいしかやってないけど、センパイが毎日この生徒会室に入り浸ってる理由は、ただ調度品が高価で居心地がいいからってだけじゃない。
 しかも帝センパイは、へたに有能なだけに先生からの頼まれ事も多いのだ。
「ソファはふかふかだしー、センパイはかっこいいしー、結構幸せですよ? あたし」
「ほんっとうに、魂の奥底からバっカだな。……っつーか、マゾなのか?」
「いやん。センパイったらそんな……だめですよう、もう」
「なんの話だ! しなをつくるなアホ!」
 そうやってすぐぷつーんといくところがまたツボなんだけどな。センパイは天然のツッコミ役だよなあ。おいしいなあ。どこまでもおいしい男だ篠原帝!
 そして、生徒会長といえば、もう一つ重大な特徴がある。あたしは数多くの漫画とライトノベルからそれをばっちり学んでいた。
 帝センパイ――ここまで生徒会長らしい生徒会長なこの人は、まず間違いなくその特徴をも兼ね備えている! そうあたしは確信していた。その特徴とは――!
 あたしはわざとらしく両手で握りこぶしを作り、うるうる瞳の上目遣いでセンパイを見つめた。
「――それとも、あたしってやっぱり邪魔ですか? センパイ……」
「はァ?」
「あたし……そりゃ確かにちょっぴり不純な動機でここに通ってましたけど、でもセンパイのお仕事の邪魔にはならないようにしてたつもりです! でも……でもセンパイが、どうしてもあたしのことウザいっておっしゃるなら……あたし……っ」
 ううっ、と堪えきれないモノを隠すかのごとく、あたしは口元に手をあててセンパイから目を逸らした。
 ――デキる生徒会長は、有能であるがゆえに孤高の存在であることが多い。とはいえやっぱり人間だから、孤独が好きなわけじゃない。つまりつまり、ここで泣き落としにかかればまず間違いなくほだされて――ていうかホントに手も足りてないみたいだし――あたしのことを認めてくれるに違いないっ。めざすはセンパイ公認の入り浸り雑用係!
 さあさあ、勝敗はいかにっ!
 あたしはよよよと泣き崩れるマネをしながらセンパイの反応を待った。
 すると。
「そうか――お前はそこまで俺のことが好きか」
 ――はい?
 あたしの耳に入ってきたのは、妙に楽しそうな――というか獲物を見つけた獣のよーな、要するに表面は楽しそうなのになぜか悪寒が走るという不可解な声音で話すセンパイの言葉だった。
「鬼畜でサドで腹黒い、漫画に出てくるよーな生徒会長がいいんだろ?」
 おや?
「え、えーっと……そんなよーな生徒会長が出てくる漫画が好きなんですーっていうか」
「うんうん。で、現実に目の前にそういうのが現れたからつい惚れた、と」
「えーと……」
 なんだか話がおかしな方向に……?
 ええとええと、あたしは帝センパイのことが好きっていうか、生徒会長っぽいセンパイが好きっていうか、えーとえーとえーっと……。
 あれぇ?
「いいぜ、お前の要望に応えてやっても」
 んんー? それって、つまりどういうことでしょ?
 ――と、訊こうとしたけどそれは不可能だった。
 なぜかというと――それは、サド鬼悪魔な生徒会長が、無理やりあたしにちゅーをかましてくれやがったからだ!
 ちょっとお待ち下さいー!?
「むがーっ! なにすんですかセンパイー!」
「なにって、キ」
「言わなくてよろしいです! わわわたしが訊きたいのはなぜにそのような暴挙に至ったのかということでございまして!」
「なぜってお前……」
 動揺と混乱でわたわたと騒ぐあたしに、帝センパイはイヤミなくらい平静かつ落ち着いた様子で、ぽんとあたしの肩に手を置いた。
「自分で言ったんだろーが。俺はお前の言うところの、生徒会長らしい生徒会長なわけだろ?」
「ま、まあそんなようなことを言ったような気も」
「生徒会長と言ったらサドで鬼畜で頭と顔がいいわけなんだろ?」
 ……改めて本人の口から聞かされるとなんかものすごくやな感じだ……
「でもって」
「でもって?」
 まだなにかありましたっけ。
 首を傾げるあたしに、帝センパイは――ある意味強烈で凶悪な、思わずふらーっとしてしまうような眩しい笑顔を浮かべて、のたまったのだった。
「生徒会室でイヤンなことを」
「ぅイヤぁあああああ!!」

 その日、センパイが言わんとしていることを察したあたしが全力で彼の手を振り払って逃走を図ったことは言うまでもない。
 そして……
 荷物一式置いて帰ってしまったため、翌日朝早くに生徒会室に向かうはめになり――
 …………。…………。……………………。

 今日もあたしは、生徒会室で雑用をしています。次の選挙では役員に立候補することになりました。はっはっは……は……。
 ……ごふっ。


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