TOP > 拍手 > 正月限定小話C:神さまの育て方編
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「あけましておめでとうございます」
 そういわれて、ディーは壁の時計を振り返り時間を確認した。確かに日付が変わってから数時間が経っている。
「遅くなって申し訳ありません」
 だから、嫌がらせで時計をじっと見つめないでください、と昴は目を伏せた。
 明かりの落とされている居間だけで推測できる。子供たちはもう寝付いてしまった後なのだ。まだ幼い二人は今日だけ特別に夜更かしが許されていたはずだが、眠さには勝てなかったのだろう。
「あけましておめでとうございます」
 長い沈黙のあととはいえぺこりと丁寧にお辞儀付きで挨拶をかえされてしまっては、昴としては小言を言うこともできない。それにしてもひどく長いつきあいではあるが、こんな風に慇懃な挨拶をし合ったのが初めてだと言うところに問題があるような気もする。
 なかなか成長しない子供だと思っていたのが、ディー自身よりも手のかかる小さな子供たちのおかげで色々と学ぶことが多かったようだ。
「で? あれだけ間に合うように来るって言ってて、しかも転移機つかってまで来た昴はどうしてこんなに遅くなったんだ?」
「世界には時差というものがあるんですよ……」
 今度は昴が遠い目をする番だった。
「――あったな、そんなもんも」
 それがどうかしたのか、とディーは首をかしげる。
「うちを出たときは確かに大晦日の昼だったんですよ……せっかく大量の仕事どうにか全部決済してきたのに……」
 時計は現在、午前三時を示していた。約十八時間のずれだ。真裏でこそないものの、それなりに遠い場所がどこであったのか思い出せず、ディーはさらに首をひねる。
「今どこで何やってんだ?」
「サウラーダで公務員を」
 肩をすくめて昴は答えた。
「サウラーダ?」
「いつだったか陣取りで遊んだときに作った国ですよ」
「ああ! 〈神と話すもの〉がいた国か。まだ続いてたのか?」
「そうそう、それです。さすがにそろそろ瓦解しそうだから今のうちから手を入れておこうと思って――思って、年末進行に巻き込まれたんです」
「……まあ、とりあえずくつろげ。なんか淹れる。それとも呑むか?」
「あるんですか?」
 子供たちだけのこの住居にアルコールなどおいているのか不思議に思って尋ねたら、ディーは明らかに不審そうな目つきになった。
「──もってきてんだろ?」
「ああ、はい。本物のお屠蘇と米酒をたくさん。あとは果実酒をいくつか。今年は葡萄のできが良かったので新酒も入ってます」
 先程から寄りかかっている箱を軽くたたいて昴は言った。新年会をやるという報せを子供たちから受け取ってからディーに手みやげのリクエストを聞いたところ一も二もなく「酒」と返ってきたので適当に見繕ってきたのだ。
「でかした」
「じゃあおいしい肴よろしくおねがいします」
「……あー、とりあえず明日のためのおせち料理しかねえぞ。肉と……野菜は……天ぷらで使い切ったか。あとは漬け物――あ、紅白なますがほとんど残ってる。……蕎麦でも茹でるか」
 食ってないだろ、と聞かれて昴は無言で頷いた。

 ディーが台所で支度する間に、昴は持ってきた荷を解いて、酒度の低い果実酒だけを取り出した。どちらかといえば甘めのその銘柄はディーが好んで飲むもので、昴自身の嗜好からはすこしずれるのだが、そろって呑む機会など滅多にないし、まあいいかと今回の選酒にいれておいたのだ。ただ、さきほどディーがあげた肴にはとうてい合わないのが欠点だろうか。
 そういえば、ディーの用意する年末年始の習慣はやけに一地方の風習に偏っている。昴もそこそこ長い間住んでいたので縁がないわけではないがディーほどこだわりはない。
「正月はすりこまれてんだよ」
 尋ねてみれば、誰のせいだよとディーはふてくされた。心当たりが薄ぼんやりとしか思い出せず昴はディーから蕎麦の椀を受け取りつつ首を傾げる。
「私じゃないですよ」
「判ってる。時差すら忘れる昴が年間行事覚えてるわけないもんな」
「……いつまでも古いこと覚えてくれなくていいです……」
 毎年思い出した行事のみ、しかも型どおりのことしかしない昴はむしろディーが毎年毎年マメに用意することのほうが不思議だ。今回の蕎麦は天麩羅蕎麦だったようで、その名残の天かすの乗った蕎麦を内心首を傾げながら昴はすすった。
 顔を直に合わせたのは久しぶりなこともあって、ぽつぽつと話を聞いたり聞かされているうちに、ディーは酒瓶を抱えたままころりと眠ってしまった。
「……あいかわらず弱いですね」
 頬をつついてみるがもちろん起きる気配はない。
「まったくすっかり人間ぽくなっちゃって……」
 呟いて彼は幸せそうに眠るディーを拾ってソファの上においた。風邪をひく心配はしなくてもいいから掛布はかけないままで、テーブルを片付ける。ディーの手からも忘れずに酒瓶を抜いて冷蔵庫へと他の酒類と一緒に詰めた。
 それから居間の灯を落として、勝手知ったる客間の寝台に潜り込む。
 一年の計は元旦にあるという。
 最初から遅刻して、しかもころりと先に眠ってしまったディーの後片付けまでしてみた今年はなんだか幸先が悪そうだと思いながらも眠りに落ちた。
 


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